礼拝説教 2008年 5月18日

「 誰にとっても大事なこと 」

使徒言行録2章43~47節
滝瀬 一牧師

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 今日はキリスト教会の暦では三位一体主日と呼ばれる日、また私達の連なるこの東中通教会では、みどり幼稚園デーということも併せて覚える日です。さて、この教会堂ではこの礼拝堂を二階と呼んでいます。ここは決して一階ではない。ここは二階であり、その下にはやはり一階がある。そしてその一階は教会附属幼稚園です。当然のことだけれど三階建てのこの建物は今、一階にその幼稚園があり、二階にはこの礼拝堂があり、そして三階にはまた小さな各部屋を持っている、そんな一つの教会堂です。これが、建物が新しくされてからでも、三十数年以上のこの東中通教会の実情であるでしょう。先には、そんなこの教会全体で、ペンテコステを記念し祝う、日曜日を過ごすことが出来たのです。
 教会の一年のカレンダーには、季節の大きな分かれ目があります。ペンテコステもその一つです。ペンテコステは、イエス・キリストが私達に示してくださった聖書の神が、ご自分の霊・聖霊を注いで満たし、そのお力によって、この世界に教会を始めてくださったことを記念する時です。今日開いている新約聖書使徒言行録に、その実際の、歴史的な出来事の描写と記録があります。
 今日の聖書の言葉には、その、最初のペンテコステの出来事の直後にあった、その出来事のゆえの、この私達の世界で最初のキリスト教会の姿が、理想的な様に記録され、述べられています。ただこれは、何もその教会に限られたことでなく、実に教会の教会らしい姿、だから、現在この世界に無数に立てられている教会に、夫々のレベルで実現しているはずの、その姿を報告していると考えることも出来ると思います。だからこの東中通教会においてもこの言葉が実現している、そう信じ、それを求めたいと思うのです。
 一つには、それを目指しているかのように、それに似た働きとして、今日も変わらず、弛まず、行われているのが、献金です。その中にはこの教会が附属幼稚園をきちんと自覚した、幼稚園運営のための指定献金もあります。また、金銭によるだけでなく、様々な奉仕が、この一つの教会堂の中に共に生活をするお互いとして、進んで行われています。更に、毎日の礼拝の心としても、ここでこうして行われる礼拝を皆で慕い、これに心を連ね、向けながら特に教会員は一週間を明るく過ごします。それと同時に、いつも気づいていたい実に嬉しいことに、この教会堂の一階の幼稚園では、毎日礼拝を献げることが出来ている-それはみどり幼稚園の大事なテーマです-。ここでの礼拝を真似るように、また実に素直に、礼拝をしています。イエス・キリストの神を礼拝し、お弁当を食べる時にも感謝の祈りをし、それで時には週日にもこの教会堂は、その一階から三階まで讃美歌が響くこともあるのです。とにかくそうして、正に老若男女、この一つの教会堂で実際に過ごしてきています。教会が主の日と呼ぶこの日曜日には、特にそれが明確にされているように思うのです。
 私はこの教会と幼稚園に奉仕することになりまだ二年目です。けれどもその時間の中で、この教会の特質の一つと言えるこのことは垣間見てきた思いがします。それは、この教会が営む教会学校において特に、みどり幼稚園また幼稚科の働きが非常に重要だということです。園児たちの保護者の方々にどう感じられているかは分からないけれど、教会の自覚として、自分達の働きの中で既に共に働いている、置かれているということは、見逃すことの出来ない事実でしょう。これはもう、既に長い間、この教会が守り続けてきた実際の働きの構造です。本当に毎日覚え、祈り、そのために最善を尽くしていたい事柄であるでしょう。
 よい面ばかりを強調して、改善すべき点を疎かにするようなことはもちろん出来ない。何より、一つの教会堂に共に暮らすお互いとして一層よく協調することが出来たらと思います。常に、積極的、建設的で、肯定的、それだから健康的で柔らかな心の働きによって、お互いの生きた理解を築き、深めたいと願う。
 この私達一同で聞くことの出来た今日の神の言葉に、私達のこの一つの教会堂の毎日の生活も支えられていることを、この皆で味わえたらと、心から思います。それで、そんなこの教会堂の一階から子ども達の笑いさざめく声が絶えず響いて聞こえている、それが私達東中通教会であると言っても、間違いではないと、一同で、喜びと感謝をもって、確認することが出来たらと思うのです。

 

月報「あかしびと」第447号 巻頭言

 

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